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東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)74号 判決 1986年5月26日

東京都葛飾区鎌倉四丁目三三番五号

原告

泉谷キミ

右訴訟代理人弁護士

小川芙美子

川名照美

平野大

森和雄

東京都葛飾区立石六丁目一番三号

被告

葛飾税務署長

加藤博康

東京都千代田区大手町一丁目三番二号

被告

国税不服審判所長

小酒禮

被告両名訴訟代理人弁護士

和田衛

被告両名指定代理人

郷間弘司

被告葛飾税務署長指定代理人

中川和夫

安達繁

被告国税不服審判所長指定代理人

軽部勝治

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告葛飾税務署長が原告に対し昭和五五年三月七日付でした原告の昭和五一年分、同五二年分及び同五三年分所得税の各更正並びに右各年分に係る過少申告加算税の各賦課決定(但し、昭和五一年分については、審査裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

2  被告国税不服審判所長が原告に対し昭和五七年三月一日付でした右各年分所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定に対する審査請求についての裁決を取り消す。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、肩書地において酒場業を営む者である。

2  原告の昭和五一年分ないし同五三年分(以下「本件各年分」という。)所得税の各確定申告、これらに対し被告葛飾税務署長(以下「被告税務署長」という。)がした各更正(以下「本件各更正」という。)、右所得税に係る過少申告加算税の各賦課決定(以下「本件各決定」という。)、原告のした異議申立て及び審査請求並びにこれらに対する異議決定及び被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)のした審査裁決(以下「本件裁決」という。)の経緯は、別表一ないし三記載のとおりである。

3  しかしながら、本件各更正及び本件各決定(但し、昭和五一年分の更正及び決定については、審査裁決により一部取り消された後のもの。以下同じ。これらを総称して以下「本件各処分」という。)は、以下に述べるとおり違法である。

(一) 申告税額の更正にあたっては、国税通則法二四条の規定による適法な調査が前提要件とされるところ、被告税務署長が原告に関してした税務調査(以下「本件調査」という。」は、次のとおり違法であるから、これに基づく本件各処分は違法である。

(1) 税務職員が所得税法(以下「法」という。)二三四条一項に基づき質問検査権を行使するためには、当該納税者の所得につき調査を必要とする必要性がなければならないところ、本件調査は、原告について調査すべき客観的必要性が何らないのにされたものであるから、違法である。

(2) 質問検査権の行使にあたっては、事前に調査理由の告知をすることが必要であるところ、本件質問検査権の行使は、右理由の告知をせずにされたものであるわら、違法である。

(3) 質問検査権に際しては、身分証明書を提示することが義務づけられているところ、本件質問権査権の行使は、原告の要請にもかかわらず右提示をせずにされたものであるから、違法である。

(4) 本件調査には、被告税務署長係官(以下「被告所部係官」という。)が原告に対し、本件各年分とは関係のない未申告の年分に係る帳簿書類の閲覧を求めた違法がある。

(5) 被告所部係官は、原告に対する質問検査を不当にも途中で打ち切り、反面調査の結果を原告に再調査すべきところ、これを怠るなど調査義務を尽くさず、国税通則法上要求される調査を行わなかった違法がある。

(二) 本件各処分は、いわゆる民主商工会(以下「民商」という。)の組織破壊を目的として、その会員である原告に対してされたものであるから、憲法一四条、一九条、二一条一項、二五条、二九条に違反し、違法である。

(三) 本件各処分は、違法な推計課税によってされたものであるから、違法である。すなわち、推計課税は、納税者が信頼しうる帳簿等を備えておらず、かつ、納税者が合理的な理由なく税務調査に対し資料提供を拒否する等非協力的な態度に終始し、その結果所得の捕捉が不可能になった場合にのみ行うことができるところ、原告は、備付けに係る本件各年分の帳簿書類を昭和五三年八月一二日の火災によって焼失してしまったのであるからこれを提示できない状況にあったものであるうえ、前記のとおり適法な税務調査を受けたことがなく、調査を拒否したこともなかったのであるから、本件は推計課税の要件を欠くものというべきである。

(四) 本件各更正には、原告の所得を過大に認定した違法があり、したがって、これを前提とした本件各決定もまた違法である。

4  本件裁決は、次のとおり違法である。

(一) 被告審判所長は、本件審査裁決手続において、推計課税の必要性について調査、審理を尽くさないまま本件各処分をほぼそのまま認容したもので、審理不尽の違法がある。

(二) 本件裁決もまた、本来なし得ない推計課税の方法により原告の所得を算出した違法がある。

5  よって、本件各処分及び裁決はいずれも違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告らの認否

請求原因1及び2の各事実は認める。同3のうち、被告税務署長が推計課税の方法で本件各処分をしたことは認めるが、その余は争う。同4のうち被告審判所長が推計課税の方法により本件裁決をしたことは認めるが、その余は争う。同5は争う。

三  被告らの主張

(被告税務署長)

1 本件調査の適法性

(一) 調査の必要性について

被告税務署長は、原告の本件各年分の確定申告書を検討した結果、次の理由により原告につき調査を行う必要があると認めたものである。すなわち、原告の本件各年分の確定申告書には、いずれの年分についても「所得金額」欄のみが記載されているだけで、「収入金額」及び「必要経費」の各欄には何らの記載もなく、わずかに昭和五一年分のみ事業専従者控除に関する事項が記載されているだけであったため、被告税務署長においては、原告の申告した所得金額の算出過程・収支の状況が全く不明でその金額が適正なものかどうか確認できなかったものであるところ、原告宅は、私鉄駅に接する商店街に近接し、営業のための立地条件が良好で、しかも店舗が新築された状況が認められるにもかかわらず、その申告所得金額は、同業他者に比較して相当過少であると強く推認された。以上のとおり、原告の本件各年分の所得金額を調査する必要性が存したことは明らかである。

(二) 調査の経緯について

(1) 被告税務署長は、原告の各年分の申告所得金額について、その所部係官勝又勇二国税調査官(以下「勝又係官」という。)に命じて調査を実施させたものであるところ、勝又係官は、昭和五四年八月九日の午後二時三〇分ころ、調査のため原告宅に臨場し原告及び配偶者吉夫(以下「吉夫」という。)に面接して原告の所得税調査を行う旨告げた後、原告に対して質問調査を行った。その際、原告及び吉夫は、勝又係官の質問に対し、<1>開業は昭和四九年か同五〇年ころであること、<2>事業内容は鳥料理を中心とした酒場業であること、<3>従業員は原告のみであるが、主として深夜に走行する個人タクシー業を営む吉夫が仕込みを手伝っていること、<4>営業時間は午後七時から午後一一時までで、金曜日が定休日であること、<5>昭和五三年八月一二日に火災により原告宅の一部を焼失したためその後一時期休業したが、店舗を新築して昭和五四年一月から事業を再開したこと等を答えた。

そこで、勝又係官が、原告の売上げに関する事項、酒類・材料の仕入先及び店舗等の建築資金の出所等を尋ねたところ、原告及び吉夫は、それまでとは変わって、きょうは多忙だからこれ以上所得税調査には応じられない旨繰り返し申し立て、勝又係官が調査に応ずるよう説得を続けたにもかかわらず原告らは頑強にこれを拒否したため勝又係官はやむを得ず原告に対し同月一六日午後一時ころ再度調査のため臨場することを告げ、その折には帳簿書類等を提示して調査に応ずるよう要請したところ、原告もこれを了承したことから勝又係官はその場を退去した。しかし、同月一四日午後勝又係官は原告からの電話で、右調査期日は同月二四日に延期する旨一方的な連絡を受け、やむなく調査期日を延期した。

(2) 同月二四日午後二時ころ、勝又係官が他の係官一名を同行して原告宅へ赴いたところ、調査場所である店舗内には原告及び吉夫だけでなく、葛飾民商の瀬尾事務局員及び同会員とおぼしき者九名(以下、この項において「立会人ら」という。)が同席していた。そこで、勝又係官は、原告に対し、税務調査では被調査者はもとより取引先等の秘密にわたる事項に及ぶこともあり、かつ、調査技術上の問題等もあるので、調査に関係のない第三者を調査場所から直ちに立ち退かせるよう理を尽くして要請した。しかし、原告は無言のまま右要請に従わず、また、立会人らも調査場所に同席(以下「立会い」という。)することの理由等について語気を荒げて発言し退席しようとはしなかった。そこで、勝又係官は原告に対し、再度立会人らを立ち退かせて調査に応じるよう強く要求したところ、立会人らは、こもごも「この野郎、何てこと言いやがるんだ。」「もっと言葉に気をつけろ。」等のばり雑言を繰り返すのみで立ち退こうとはしなかった。

一方、原告は立会人らの背後に穏れ顔も見せないまま、今にも店の奥へ逃げ込みそうな様子であったため、勝又係官が、「先日、今日は調査に応じて帳簿などを見せると約束したでしょう。」「きょうは奥さんの所得金額の調査に来たのですから、奥さんがこちらに来てくださらないと困るんです。」と告げたところ、原告は、「先日は帳簿などを見せると約束したが、夫から見せない方がいいと言われたので見せられません。」と調査を拒否し、立会人らは、「来いとは何んだ。」「何んだその態度は。」「こんな生意気な野郎は引きずり出せ。」等と怒号しその場は騒然となった。しかし勝又係官は調査遂行の必要性を原告に理解してもらいたいとの気持から、原告に対して再度調査に応ずるよう説得を重ねたのであるが、原告がこれに応じないばかりか立会人らは、「この野郎ぶっとばすぞ。」「あまり生意気なこと言うもんじゃねえよ。」等と大声で騒ぎ出し、広さ二一平方メートル余りの同店内は原告の声が聞き取れないほど一層騒然たる状態になったため、勝又係官は、かかる状況下の調査は不能であると判断し、原告にその旨を告げて、同行の係官一名とともにその場を退去した。

(3) 同年九月二〇日午後二時ころ、勝又係官は三たび調査のため原告宅に赴き、勝手口で原告と面接し、原告に対し調査に応じて帳簿書類等を提示するよう説得するとともに、調査に応じない場合は、原告の申告所得金額の適否を検討するためにいわゆる反面調査等を行わなければならなくなる旨を告げたが、原告は、なおも多忙を理由に調査に応じられないと申し立ていきなり勝手口の扉を閉め、その後の勝又係官の呼びかけには一切応答しなかった。

勝又係官は、更に原告を説得すべく、原告宅近くの公衆電話から原告宅に架電したところ、電話口に出た吉夫はまず前回勝又係官が行った立会人排除要請の理由は根拠を欠き不当である旨語気鋭く申し立て、次いで多忙であるから調査には応じられない旨申し立てた。そこで、勝又係官は、原告が調査に応じなければ、反面調査を行わざるを得ない旨理を尽くして説得したのであるが、吉夫は、これに対しても「ふざけるな」と怒号し一方的に電話を切ったのである。

2 課税根拠について

(一) 原告の本件各年分の事業所得の金額は、昭和五一年分三九二万三、〇一六円、昭和五二年分五三八万二、二五二円、昭和五三年分二七九万一、九五〇円であるが、その内訳は別表四ないし六記載のとおりであり、その算定根拠は次のとおりである。

(二) 昭和五一年分

(1) 総収入金額(売上金額) 一、〇七七万五、八八九円

右金額は、被告税務署長が原告の酒類等の仕入先である合資会社カクヤス本店(以下「カクヤス本店」という。)を調査して把握した原告の昭和五一年中における酒類等(ジョッキ・グラス等売上原価を構成しないものを除く。以下同じ。)の仕入金額の合計額(以下「酒類等消費金額」という。)二〇二万九、一〇〇円(別表七参照)を、被告税務署長が管轄する区域内において原告と同業の大衆酒場を営み、かつ、規模の類似する者(以下「比準同業者」という。)の昭和五一年中における売上金額に対する酒類等消費金額の割合(以下「酒類等原価率」という。)の平均値一八・八三パーセント(別表一二参照)で除して算出した金額であり、算式は次のとおりである。

(算式)

(原告の酒類等消費金額)(平均酒類等原価率)(売上金額)

2,029,100円÷0.1883=10,775,889円

なお、右売上金額の算出にあたり原告の酒類等消費金額(仕入金額)をもってその基礎とし、酒類等の年初及び年末のたな卸金額を酒類等の仕入金額に加算及び減算しなかったのは、原処分及び異議申立てのいずれの調査時においても、原告が、酒類等のたな卸について資料を提示しなかったこと、及び原告の昭和五一年における事業の種類・形態及び規模等がその前後の各年と比較して変化がなく、年初及び年末における酒類等のたな卸金額が変動する格別の理由もないと認められることから、年初及び年末における酒類等のたな卸金額を同額と認定したためであり、以下、その他の年分についても同様である。

(2) 算出所得金額 四五一万七、二五二円

右算出所得金額とは、売上金額から売上原価の額及び一般経費(必要経費のうち、売上原価と(3)に述べる特別経費以外の必要経費)の額を控除した後の金額をいうものであるところ、原告の場合、本件各年分について売上原価の額も一般経費の額も不明なため、被告は、前記(1)の総収入金額(売上金額)一、〇七七万五、八八九円に、比準同業者の売上金額に対する算出所得金額の割合(以下「算出所得率」という。)の平均値四一・九二パーセント(別表一二参照)を乗じて右金額を算出したものであり、算式は次のとおりである。

(算式)

(総収入金額(売上金額)(平均算出所得率)(算出所得金額)

10,775,889円×0.4192=4,517,252円

(3) 特別経費 一九四万四、二三六円

右金額は、雇人費一三万五、〇〇〇円(別表八参照)、店舗の減価償却費四万二、一一〇円(別表九参照)及び支払地代一万七、一二六円(別表一〇参照)の合計金額である。

(4) 事業専従者控除額 四〇万円

右金額は、原告の長男泉谷吉一に係る事業専従者控除額であり、原告が確定申告書に記載した金額と同額である。

(5) 事業所得の金額 三九二万三、〇一六円

右金額は、前記(2)の算出所得金額から同(3)の特別経費の額及び同(4)の事業専従者控除額を控除した後の金額である。

(三) 昭和五二年分 五三八万二、二五二円

(1) 総収入金額(売上金額) 一、二〇〇万八、八三三円

右金額は、被告税務署長がカクヤス本店を調査して把握した原告の昭和五二年中における酒類等消費金額の合計額二二二万二、八三五円(別表七参照)を比準同業者の昭和五二年分の酒類等原価率の平均値一八・五一パーセント(別表一三参照)で除して算出したものであり、算式は次のとおりである。

(算式)

(原告の酒類等消費金額)(平均酒類等原価率)(売上金額)

2,222,835円÷0.1851=12,008,833円

(2) 算出所得金額 五五七万九、三〇三円

右金額は、前記(1)の総収入金額(売上金額)一、二〇〇万八、八三三円に、比準同業者の算出所得率の平均値四六・四六パーセント(別表一三参照)を乗じて算出したものであり、算式は次のとおりである。

(算式)

(総収入金額(売上金額))(平均算出所得率)(算出所得金額)

12,008,833円×0.4646=5,579,303円

(3) 特別経費 一九万七、〇五一円

右金額は雇人費一三万五、〇〇〇円(別表八参照)、店舗の減価償却費四万二一一〇円(別表九参照)及び支払地代一万九、九四一円(別表一〇参照)の合計金額である。

(4) 事業所得の金額 五三八万二、二五二円

右金額は、前記(2)の算出所得金額から、同(3)の特別経費の額を控除した後の金額である。

(四) 昭和五三年分 二七九万一、九五〇円

(1) 総収入金額(売上金額) 六五三万九、七五〇円

被告税務署長が、カクヤス本店を調査して把握した原告の昭和五三年中における酒類等消費金額の合計額は一二四万三、五六四円であるところ、原告は、同年五月以降の酒類の仕入価格の値上りを見越して、四月二九日に多量にビール(大ビン)を仕入れていたが、八月一二日の火災により、同日現在における前記四月二九日の特別な仕入れに係るビールの推定在庫五万七、九〇〇円を含む一〇万三、五六〇円の推定在庫(別表一一参照)を焼失していることが認められる。

ところで、被告税務署長が、原告の総収入金額(売上金額)を計算するにあたり採用した推計方法は酒類等消費金額を基としているのであるが、前述のとおり、昭和五三年中の酒類等消費金額の中には、焼失した特別な仕入れ(ビール)に係る在庫が含まれていることから、昭和五三年分の総収入金額(売上金額)の計算にあたっては、その部分の金額(五万七、九〇〇円)を酒類等消費金額(一二四万三、五六四円)から控除した残額一一八万五、六六四円を比準同業者の昭和五三年分の酒類等原価率の平均値一八・一三パーセント(別表一四参照)で除して算出したものであり、算式は次のとおりである。

(算式)

(原告の酒類等消費金額)(平均酒類等原価率)(売上金額)

1,185,664円÷0.1813=6,539,790円

なお、通常の酒類等の右火災による焼失時のたな卸金額については、後記(3)で述べる特別経費となることはともかくとして、売上計算金額の基となる酒類等消費金額の計算においては、年初及び八月一二日を同額と認定したものであるから、これを、別途に控除する必要はない。

(2) 算出所得金額 三〇三万一、八四六円

右金額は、前記(1)の総収入金額(売上金額)六五三万九、七九〇円に、比準同業者の算出所得率の平均値四六・三六パーセント(別表一四参照)を乗じて、算出したものであり、算式は次のとおりである。

(算式)

(総収入金額(売上金額))(平均算出所得率)(算出所得金額)

6,539,790円×0.4636=3,031,846円

(3) 特別経費 二三万九、八九六円

雇人費九万四、五〇〇円(別表八参照)、店舗の減価償却費二万八、〇七三円(別表九参照)、支払地代一万三、七六三円(別表一〇参照)、及び火災損失額一〇万三、五六〇円(別表一一参照)の合計金額である。

なお、原告は、右のほか、別表一七のとおり事業用資産の損失として三二万九、七一六円の損害を蒙ったので、これを特別経費に加算すべきであると主張するが、原告主張の取得価格を正しいものとしても、損失金額の計算は、火災の直後に損害額を調査し火災保険金を支払った日動火災海上保険株式会社(以下「日動火災」という。)の調査額によって損失額を計算するのが相当である。そこで、原告の主張する取得価額及び日動火災の調査による損害額を基として事業用什器備品に係る損失を計算すると別表一五のとおりになる。すなわち、資産につき損失を受けた場合の損失計算は所得税基本通達五一-九のとおり、帳簿額から当該損失が発生した直後における当該資産の価額及び損失を補てんすべき保険金を控除して行うから、別表一五の冷凍庫等については一九万一、二六七円の保険差益(別表一五の2・(2)参照、所得税法九条一項二一号により非課税)が発生し、他方、冷凍庫等以外の資産について受領した保険金(同じく2・(3)参照)については所得税法施行令九四条一項により事業所得の収入金額となるから、結果として原告の所得金額計算上控除すべき火災損失の金額はないことになる。したがって、原告の右主張は採用し難い。

(4) 事業所得の金額 二七九万一、九五〇円

右金額は、前記(2)の算出所得金額から同(3)の特別経費の額を控除した後の金額である。

(五) 原告の本件各年分の総収入金額(売上金額)及び算出所得金額は、推計の方法で算出したものであるが、右推計の必要性と合理性は次のとおりである。

(1) 推計の必要性

被告税務署長が本件各年分の所得金額を推計の方法によって算出したのは、前記のとおり被告所部係官の原告に対する再三の調査協力方の要請にもかかわらず、原告は終始調査に非協力であったので、原告の所得金額を実額で把握することができなかったためである。

(2) 推計の合理性

被告税務署長が採用した推計方法は、原告の酒類等消費金額を基に、比準同業者の平均酒類等原価率及び平均算出所得率を適用してそれぞれの金額を算出したものであるところ、右比準同業者は、原告の住所地(納税地)を所轄する被告税務署長が管轄する区域内に事業所を有し、原告同様「酒場業」を営む個人事業者で、かつ、次の<イ>ないし<ホ>のいずれの条件にも該当する者を機械的に抽出したものである。<イ>昭和五一年分ないし同五三年分について、青色申告の承認を受けている者。<ロ>昭和五一年分ないし同五三年分のそれぞれの年分の酒類等消費金額が、原告のそれの半分以上二倍以下(以下「倍半基準」という。)の範囲内である者(但し、昭和五三年分については八月一一日までの金額とする。)。<ハ>年を通じて酒場業(酒場業とは、いわゆる大衆酒場・酒蔵・おでん屋・のみ屋・やき鳥屋等のことであり、料亭・バー・スナック・キャバレー等は含まれない。)を営んでいる者。<ニ>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者。<ホ>税務署長から更正又は決定処分がなされている者にあっては、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間の経過している者、並びに当該処分に対する不服申立て調査及び訴訟が終結した者。なお、右<イ>ないし<ホ>までの各条件が昭和五一年分ないし同五三年分のすべての年分に該当する者はもちろん、そのいずれかの年分のみ該当する者であっても、その該当する年分について同業者として抽出した。

右の基準により抽出された同業者の数は、昭和五一年分ないし同五三年分のいずれの年分も八件(いずれの年分とも大衆酒場が六件、やき鳥屋が一件)であり、これら同業者の酒類等原価率及び算出所得率等は、別表一二ないし一四のとおりであるところ、被告税務署長は、右割合のそれぞれの平均値を適用して、前記のとおり、原告の総収入金額(売上金額)及び算出所得金額を算出したものである。

ところで、右同業者は、前記のとおり、原告の住所地(納税地)を所轄する被告税務署長が管轄する区域内において本件各年分について青色申告をしていた個人経営の酒場業者のすべてを対象として、事業規模(倍半基準)、及び業態が原告と類似すると認められたもののすべてを機械的に抽出しているので、被告税務署長の恣意が介在する余地は全くなく、これらの同業者の抽出は極めて公平妥当なものであり、合理性を有することはいうまでもない。

したがって、右同業者の平均酒類等原価率及び平均算出所得率については、正確性が担保され、これによる推計には合理性があるものということができるのである。

3 本件各更正の適法性

原告の本件各年分の事業所得の金額は、前記のとおり昭和五一年分三九二万三、〇一六円、昭和五二年分五三八万二、二五二円、昭和五三年分二七九万一、九五〇円(仮に原告主張に係る火災損失三二万九、七一六円が特別経費と認められる場合は、二四六万二、二三四円)であるところ、本件各更正における原告の事業所得の金額はいずれも右所得金額の範囲内であるから、本件各更正は適法である。

4 本件各決定の適法性

本件各決定は、国税通則法六五条一項の規定に基づき、本件各更正によりそれぞれ納付すべき税額(同法一一八条三項により一、〇〇〇円未満を切り捨てた金額)である昭和五一年分四七万七、〇〇〇円、昭和五二年分六八万七、〇〇〇円、昭和五三年分二二万円に一〇〇分の五を乗じ(同法一一九条四項により一〇〇円未満の端数切捨て)、それぞれ昭和五一年分二万三、八〇〇円、昭和五二年分三万四、三〇〇円、昭和五三年分一万一、〇〇〇円と賦課決定したものであるから、適法である。

(被告審判所長)

本件裁決の経緯は、次に述べるとおりであるから、本件裁決には何ら違法はない。

(一) 被告審判所長は、原告からの審査請求を受理するや、直ちに審査請求書の形式審査をなした上被告税務署長に対し答弁書及び関係書類の提出を求め、これらの提出を受けた後に本件審査請求事件につき担当審判官を山田信英審判官(以下「山田審判官」という。)、参加審判官を幡野昭雄国税審判官(以下「幡野審判官」という。)及び星野勝男国税副審判官と指定し、次いで山田審判官が西沢脩造国税審査官(以下「西沢審査官」という。)を分担者に命じ、これらの者(以下この合議体を「担当官ら」という。)が本件審査請求の調査審理にあたることとなった。

(二) 担当官らは、原告の審査請求書、被告税務署長の答弁書・提出関係書類の内容及び今後の調査審理の方針を検討協議した後、昭和五五年一二月一五日、西沢審査官が原告宅に架電し、面接調査日につき連絡したところ、原告は、「一二月中は忙しく都合が悪いので来年の一月中旬にしてほしい。」と申し立てたため、翌昭和五六年一月六日再度の電話連絡をして面接調査日を同月二三日と決定したうえでその旨を記した「調査のお知らせ」を原告宅に送達したものである。

(三) 山田審判官及び西沢審判官は、同月二三日原告宅に臨場し、原告に対して、原告が本件各年分の確定申告書に記載した事業所得の金額の計算の基礎となった帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、昭和五三年八月一二日の火災で帳簿書類等をすべて焼失してしまったと申し立て提示しなかった。そこで山田審判官らは、本件各年分の調査の参考資料として昭和五四年分の帳簿書類等の提示を求めたところ、原告は、毎日の顧客別売上げを記載した売上伝票は当該売上げを帳簿に記載した後廃棄していると申し立てたうえで同年分の売上げ、仕入れ及び経費を記帳した帳簿並びに領収証及び請求書の一部を提示したのでこれを借用して検討することとし、次回の面接調査日を昭和五六年三月二〇日とすることを約して同日は退去した。

(四) 更に、幡野審判官及び西沢審査官は、同年五月二九日原告宅に臨場し、原告及び吉夫に対して、本件各年分及び昭和五四年分の帳簿書類等の保管状況について再度質問したが、原告らは、前回提示したもの以外にはない旨述べるのみであった。そこで、幡野審判官は、原告に、本件各年分における帳簿の記帳状況につき具体的な説明を求めたところ、原告は、売上げは売上伝票に基づき一か月か二か月分をまとめて帳簿に記帳していた旨、また、仕入れ及び経費についても同様に、一か月か二か月分をまとめて領収証及び請求書を集計し帳簿に記帳し、このような記帳状況は、昭和五四年分も同様である旨説明した。幡野審判官は、引き続いて原告らに対して、本件各年分につき、原告の営業の内容、雇人及び事業専従者の有無並びにその事業従事の状況、火災損失の状況等について質問調査を行い、更に、仕入先等の調査を行ったものである。

(五) 同年七月の人事異動で新たに本件審査請求事件の担当審判官となった愛沢美忠国税審判官(以下「愛沢審判官」という。)及び同じく分担者となった東田哲国税審査官は、前任者の調査事績の検討・所得算出のための同業者比率等を調査した後、更に疑問点を解明し正しい所得金額を算出すべく、同年一〇月二八日原告宅に臨場し、原告及び吉夫に対して、火災により焼失する前の店舗の状況、原告の長男吉一が事業専従者として原告の事業に従事した状況、アルバイトとして雇用したとする徳武洋子の勤務状況、火災時における原告の在庫品の状況等について詳細に質問調査を行い、これらを基に、参考人等に対する調査及び調査内容の検討を行ったものである。

(六) 担当官らは以上の原告及び吉夫に対する質問調査の結果等から、原告の本件各年分の事業所得の金額を実額により計算することは不可能であり、推計で計算せざるを得ないものと判断するとともに、その推計計算にあたっては、酒類の仕入金額を基に原告と事業規模が類似する同業者の売買差益率・一般経費率等の比率を使用して推計することが最も合理的であると判断し、これにより推計計算したうえ原告の各年分の事業所得の金額の計算上考慮すべき事実で、本件各処分において考慮されていないもの(雇人費等)についてはこれを考慮し、原告の本件各年分の所得金額を算出したところ、昭和五一年分については更正処分の金額を下回り、昭和五二年、五三年分については更正処分の金額を上回ることが認められた。

(七) 担当官らは前記調査審理の結果に基づいて合議を行い、本件審査請求事件のうち、昭和五一年分については一部を取り消し、昭和五二年、五三年分については棄却が相当である旨の議決をなし、被告審判所長は、右議決に基づいて本件裁決をした。

(八) ところで、原告は、本件審査請求の段階で、被告審判所長の所部係官に対して、鳥肉については、日鶏食産株式会社(以下「日鶏食産」という。)から仕入れている旨を申述したため、右係官は、日鶏食産に対して反面調査を行い、原告の本件各年分の日鶏食産からの鳥肉の仕入状況を把握した。しかしながら、右仕入が、鳥肉の仕入れのすべてであるかどうかも定かでなく、かつ、原告には、右日鶏食産からの鳥肉の仕入れだけではなく、料理の原材料である野菜類、魚貝類等の仕入れもあることは十分に認められるところであり、右鳥肉の仕入金額は酒場業における料理の一部の品目の売上原価にすぎないのである。

したがって、右鳥肉の仕入金額をもって合理的な推計計算の基礎とはなし得ないものであった。

四  被告らの主張に対する原告の認否

(被告税務署長の主張に対して)

1 同被告の主張1の事実について

(一)のうち、本件各年分確定申告書に所得金額欄の記載があるのみで、収入金額及び必要経費欄に記載がなく、昭和五一年分のみの事業専従者控除に関する事項が記載されていたことは認めるが、その余は否認ないし争う。

(二)(1)のうち、勝又係官がその主張の日時に原告宅に臨場し、原告及び吉夫に面接したこと、その際原告らは雑談として<1>ないし<5>の趣旨の答えをしたこと、同係官は一週間後に再度調査のため臨場したいと告げたこと、同月一四日ころ吉夫が同係官に電話で調査期日を同月二四日にしてほしい旨を連絡し、右期日が同日になったことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)のうち、その主張の日時、勝又係官が他の一名を同行して原告方へ赴いたこと、同所には原告及び吉夫のほか、葛飾民商の瀬尾事務局員ほか同会員ら九名位が立ち会っていたこと、勝又係官がこれらの同席者を直ちに立ち退かせるよう要求したこと、右立会人が立ち退かなったこと、勝又係官が同行の係官一名と調査を行わずその場から退去したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(3)のうち、その主張の日時、勝又係官が原告宅に赴き、勝手口で原告と面接したこと、勝又係官が原告宅に架電し、電話口に出た吉夫が前回勝又係官が行った立会人排除の理由は根拠を欠き、不当である旨を申し立てたこと、当日は多忙であるから調査に応じられない旨を答えたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2 同2の事実について

(一)のうち、原告の昭和五一年分及び同五二年分特別経費が別表四及び五の各<3>記載の金額であること及び昭和五一年分事業専従者控除額が別表四<4>記載の金額であることは認めるがその余は否認する。

(二)(1)のうち、原告の酒類等の仕入先がカクヤス本店であること及び原処分時及び異議申立て時において原告が酒類等のたな卸について資料を提示しなかったこと(但し、それは火災により資料が焼失したためである。)は認める。被告税務署長がカクヤス本店から原告の酒類等仕入額を調査したことは不知。その余は否認する。同(2)は争う。同(3)は内訳を含めて認める。同(4)は認める。同(5)は争う。

(三)(1)については右(二)(1)と同旨。同(2)は争う。同(3)は内訳を含めて認める。同(4)は争う。

(四)(1)のうち、原告が酒類の値上りを見越して昭和五三年四月二九日多量のビールを仕入れていたこと、同年八月一二日の火災によりその主張の酒類等推定在庫(別表一一の内訳を含む)を焼失したこと、右焼失した在庫の金額を同年分酒類等消費金額から控除すべきことは認め、その余の事実については、前記(二)(1)と同旨。同(2)は争う。同(3)のうち、雇人費、店舗の減価償却費、支払地代の各金額がその主張額であり、その内訳が別表八ないし一〇記載のとおりであること及び少なくとも一〇万三、五六〇円分の酒類等在庫の火災損失が存することは認める。特別経費が被告税務署長の主張額であることは否認する。後記のとおりの事業用資産の損失も右特別経費に算入すべきである。同(4)は争う。

(五)(1)は争う。同(2)のうち、被告税務署長が本件において採用した比準同業者が被告税務署長の管轄する区域内に事業所を有し、原告同様酒場業を営む個人事業者で<イ>ないし<ホ>の条件に該当する者を抽出したこと並びに右抽出方法、抽出数、これら同業者の酒類等原価率及び算出所得率が別表一二ないし一四記載のとおりであることは不知。右抽出された同業者が事業規模、業態において原告と類似することは否認し、その余は争う。

3 同3は争う。

4 同4は争う。

(被告審判所長の主張に対して)

同被告の主張(一)は不知。同(二)のうち、担当官らの検討協議については不知。その余の事実は認める。同(三)については概ね認める。(但し、担当官と専ら応待したのは吉夫であって、原告ではない。)同(四)は認める。同(五)につき、原告及び吉夫がその主張の質問調査に応じた事実は認める。同(六)は争う。同(七)のうち、裁決のあったことは認め、その余は不知。同(八)のうち、原告が本件審査の段階で、被告審判所長の係官に対し、鳥肉については日鶏食産から仕入れている旨を申述したことは認め、右係官が日鶏食産に対し反面調査を行い、本件各年分の鳥肉の仕入状況を把握したことは不知。右仕入れが、原告の鳥肉の仕入れのすべてであるかどうか定かでないとする点、右鳥肉の仕入金額は原告の酒場業においては料理の一部の品目の売上原価にすぎないとする点、右鳥肉の仕入金額をもって合理的な推計計算の基礎とはなし得ないとする点は否認する。

五  原告の反論

1  調査の違法性について

(一) 調査の必要性

被告税務署長は、原告に対し調査を行う必要があると認めた根拠として、確定申告書の記載において「所得金額」欄のみの記載しかされていなかったことを挙げるが、原告の本件確定申告の記載方法は法一二〇条所定の方式に従ったもので、民商でもこれにならっており、法的に何ら問題のないものである。右記載の仕方の故に、原告の申告した金額が適正なものかどうか確認できないとすること自体申告納税制度の趣旨を逸脱するもので、これをもって調査の必要性の根拠とすることはそもそも許されない。

また、被告税務署長は、原告宅は私鉄駅に接する商店街に近接し、立地条件が良好であるとしたうえ、店舗が新築された状況を特に指摘して、あたかも収益が上っていると見られる様子から同業他店との比較で過少申告と強く推認したとしているが、原告宅は商店街から外れていて立地条件が決して良いとはいえないばかりでなく、原告は、火事により罹災証明を添付して申告書を提出したのであるから、原告店舗が新築されたのは、火災の結果やむなく行ったもので何ら異とするに足らず、むしろ罹災によって損害を受けたために申告額は当然に少なくなることを推認できこそすれ、決して平常の営業を前提として同業他店に比較して申告額が相当過少であるという推認をする余地はなかったのである。

したがって、本件調査は、その端緒たる調査の客観的、合理的必要性を欠くから、違法である。

(二) 調査の経緯

(1) 勝又係官が昭和五四年八月九日、原告及び吉夫に面接して最初に述べたのは、原告の五三年分申告書には罹災証明がついていたが、それについてお伺いしたいというのであり、原告の所得税調査を行う旨告げたというのは事実に反する。原告らとしても、所得税調査を行うと告げられたとすれば、また別の対応もあったところ、勝又係官が右のように述べたため、火災の事実を知ってもらうことは何ら差し支えないことと判断し、気軽に座敷に招じ入れて話をすることにしたのである。原告も同席はしたが、同係官と会話を行ったのは専ら吉夫である。

まず最初、勝又係官が景気はどうかというので吉夫はひまでしょうがないと答えた。更にどれ位もうかっているのかとの質問の後、勝又係官より帳簿を見せてほしいとの話が出たが、吉夫は、帳簿は火事で焼失したと答えた。これについて更に同係官は今年(昭和五四年分)の帳簿でよいから見せてほしいといったが、吉夫の方では現在の帳簿はまだよく整理ができていないから見せられないと断った経緯がある。

その後は、専ら雑談に入り、被告税務署長主張の内容にかかわることや、原告の故郷の秋田の話題等会話は、同係官が腰を上げないままに二時間半にわたり継続した。同被告主張によれば、同係官が、原告の売上げに関する事項等を尋ねたところ、吉夫の態度が変わって、きょうは多忙だから応じられない等と繰り返し申立てたとか、原告らが調査を拒否したとかいうことになっているが、そうした事実は全くなかった。帰り際、同係官が店を見せてほしいというので案内したところ、値段表を見てずい分安いですねと見廻したりした後、一週間後もう一度来たい、その時には現在(昭和五四年分)の帳簿を整理して置いてほしいとの話があった。これに対し原告らは一週間後では盆のため田舎に帰るので、原告らの方からあらためて電話すると答えたところ、同係官も了承し、結局、同月一四日、吉夫が電話して同月二四日に日を合わせたのである。

(2) 同月二四日午後二時頃、勝又係官が他の係官一名を同行して原告宅へ赴いた際、原告及び吉夫は、葛飾税務署より係官が原告宅に来るについて、行き過ぎた課税を未然に防ぎ、法律から逸脱した調査を第三者によって監視してもらうため、原告の所属する葛飾民商の人達に予め立会いを依頼していた。

ところが、勝又係官らは、これら葛飾民商の人達が立ち会っているのを見るや、強い拒否反応を示し、原告らに対し立会人らを直ちに原告宅から立ち退かせるよう強く要求した。一方、原告及び立会人らは、同係官らが質問検査権を行使しようとするのであれば、とにかく法二三六条に基づきその身分証明書を提示するよう請求したのであるが、同係官らは違法にもこれを拒否した。

身分証明書の提示がない以上、そもそも適式の質問調査であるか否か、原告及び立会人らが疑問を抱くのは当然であり、そのことを明確にさせるべく原告及び立会人らがなお身分証明書を求めたのに対して、勝又係官らはかたくなにこれに応じず、立会人がいては調査ができないとの一点張りであった。

そこで場内は騒然となり、立会人らも何故身分証明書を見せないのか等と、こもごも理由を尋ねたが、勝又係官は明確な答をすることなく、「あなた達は何ですか。」等と徒らに興奮した態度をとり、わずか二、三分その場にいただけで、鞄を地表に投げつける等、ふてくされた様子で他の係官一名と早々に退去してしまったのである。

右のように、原告及び立会人らは、平穏に話し合うべく臨んでいたのであって、身分証明書も提示せず立会人がいることのみをもって態度を硬化させ、威丈高になってその場の雰囲気をこわしたのは、むしろ勝又係官らの方であり、調査が不能であると判断したのは、専ら立会人がいれば調査は行わないとの被告側の方針によるものである。

なお、同被告主張によれば、勝又係官が原告に対し、「今日は調査に応じて帳簿を見せると約束したでしょう。」と述べ、原告が断ったとあるが、申告時の帳簿類は火災で焼失したことは勝又係官に話し済であり、ここにいう帳簿とは、未だ申告を行っていない五四年分に係るものである。申告時の帳簿は焼失して既にないにもかかわらず、未申告の帳簿の閲覧を求めるのは明らかに違法であり、これを見せないからといって調査を拒否したかの如くいうのは不当である。

(3) 同年九月二〇日勝又係官は予告なしに突然原告宅を訪れ、原告に対し帳簿類を提示するよう要求した。しかし、未申告の五四年分帳簿については、そもそも見せる義務がないものであり、原告に代って従来同係官と応待してきた吉夫は、その時、夜の運転業務を控えて仮眼中であったため、原告は「急に来られても困る。悪いが今度にしてほしい。」と言って帰ってもらったのである。同係官が調査に応じない場合は、いわゆる反面調査を行わなければならなくなると告げたというが、原告は聞いていない。

その後、五、六分して同係官から電話があり、電話口に吉夫が出たのであるが、吉夫としては仮眼中を起こされたこともあり、やや不気嫌な気分で前回、折角調査の機会を作ったのに立会人を排除せよというのは理由がないではないか、と述べたうえ今日は多忙であるから調査に応じられないと答えたのである。ところが、同係官はそれではあらためて出直しましょうというべきところ、いきなり「ようし、それならやってやるぞ。」といって電話を切ったのである。

(4) 被告所部係官による調査の経緯は以上の通りであって、原告は適式の調査に応ずる用意があり、調査拒否をする行為は何らしていなかったにもかかわらず、同被告は原告が五四年分の帳簿を提示しなかったこと、あるいは立会人の退席に応じなかったことをもって一方的に調査を打ち切ったのであるから、明らかに国税通則法上要求される調査を懈怠した違法がある。

2  推計の合理性について

(一) 被告税務署長の推計方法

(1) 被告税務署長が採用した同業者比率法は、資産増減法や消費高法のように当該納税者自身を推計資料とするのとは異なり、納税者の事業活動とは直接には何のかかわりを持たない他人である同業者の事業活動を推計資料とするものであるから、同業者率を用いるときは、事業内容と実績において当該納税者と同一であると判断されるに足りる同業者を推計資料として選定すべきことが当然要請される。すなわち、業種、業態、事業規模、立地条件、顧客層等の個別的同一性が必要なのである。ところが、同被告は、右同一性について、<1>個人で専ら酒場業を営んでいること、<2>酒類等消費金額が原告のそれの倍半基準の範囲内にある者をもって足りるとしている。しかしながら、酒場業といっても、同被告の主張によっても大衆酒場、酒蔵、のみ屋、やき鳥屋等があるのであり、右の大衆酒場、やき鳥屋に限ってもその業態は様々であり、各店の事業所得は、単に酒類等の売上げのみで把握できるものではなく、右同業者の業態、事業規模(店舗の面積、構造、従業員の数、営業時間等)、店の立地条件(店舗の所在地等)、顧客層、主たる料理の品目と価格等によって大きく左右されるのであるから、このような点が具体的に特定されなければならないところ、被告税務署長は、右事項を特定しないのであるから、原告と比準同業者との同一性を肯定することができず、このような標本による推計には合理性がない。

(2) とりわけ、酒場業では、営業収入のうち料理と酒類の占める割合如何が重要な意味を持ち、酒類の売上差益に専ら依存する店の場合と、単に酒類の売上差益のみならず料理その他による収益も上げている店では営業収入の内容を全く異にするから酒類等消費金額をもって一率に論じ得ないことは明らかである。ちなみに、酒類等消費金額が、売上原価に占める比率(<3>/<2>)を別表一二(昭和五一年分)において算出すると、A-〇・三八、B-〇・三一、C-〇・五四、E-〇・五四、F-〇・四九、G-〇・四一、H-〇・三二、I-〇・四一となる。売上げのうち、酒類等に依存する割合が比準同業者間でかなり異なっていることは、右比準値からも明らかである。本件係争年当時は酒類の仕入価額が比較的低く、酒類等の売上げによる差益が大きかったので、酒類等の売上げ依存割合はもっと高かったのである。したがって、単に酒類等消費金額が倍半基準内にあるとの一事をもって立地条件、事業規模、扱い品目等を全く無視し、多種多様な酒場業を一括して酒類等原価率を平均し、原告の総収入金額を算出したうえ、右総収入金額にそれぞれの算出所得率を平均して更に原告の事業所得を算出するという同被告の推計方法は、全く合理性を欠くものである。

(3) 被告税務署長の採用した倍半基準そのものも、次のとおり全く不合理である。すなわち、本件の比準同業者相互間においては、酒類の仕入額が少なくて約一〇〇万円、多くて約四〇〇万円(但し昭和五一年分)となりうるのであって、これは、酒の仕入れと全売上げとが単純比例するとすれば、収入においても四倍の開差が生じうるものであり、仮に同被告の用いた平均酒類等原価率〇・一八八三によって計算すれば、その収入は少なくて約五三一万円、多くて約二、一二四万円となるのである。右のような業者が事業規模が同一であるとか類似しているとかはもはや言えないであろう。また、同被告が提示するAからIまでの比準同業者の酒類等原価率、算出所得率にしても、前者は最低一一・六六パーセント、最高二六・六四パーセントで一五パーセントもの開きがあり、後者では最低三二・三八パーセント、最高五六・二八パーセントもの開きがあるもので、これを平均すること自体甚だ問題である。したがって、同被告の採用した倍半基準は、右のような不合理を容認するものであるから、到底合理性を認める訳にはいわず、このような標本による推計には合理性がないものというべきである。

(4) 原告には比準同業者との類似性を否定する事情として、次のような特殊事情が存する。

すなわち、原告は、本件係争年の前年である昭和五〇年八月、住居の一部を改造してやき鳥屋を開業したが、原告はこの商売にはずぶの素人であり、店を始める動機もその収入をもって生活基盤にするつもりはなく、原告、吉夫とも酒好きであったことから、いわば趣味で始めたものである。店は、商店街からはずれた所にあって立地条件としても決して良いとはいえず、勤め帰りに前を通る人か、近所に住む人以外、通常人が集る場所ではない。従業員は時々アルバイト的に来てもらう一人を除いて特にいるわけではなく、専ら原告自ら買出しに出かけ、かんをし、料理を作り、注文の品を運ぶのであり、それを吉夫のほか、当初は長男ら家族が便宜、手伝ってきたというのが店の実態である。

料理の品目としては、やきとり(一五〇円)、煮こみ(一二〇円)、鳥のからあげ(一五〇円)、生野菜のサラダ(二〇〇円、いずれも当時)が主なものである。料理の中心である鳥肉の材料は、当時からすべて日鶏食産から仕入れていた。

原告の店の場合素人の原告がやっていることもあって料理をあてに来る客はなく、原告の店に来るのは、専ら酒を飲む目的で来る近所の夫の友人たる常連である。原告の店は午後七時から一二時まで営業しているが、客は一日平均七、八人というところである。これらの客はいずれも飲んべいぞろいのため、料理はつけ足し程度で酒類を主体に時間をかけて吉夫とチビチビやるのが常である。したがって、原告の店の場合、営業収入は、料理よりは、むしろ酒類の売上差益に大部分依存していたわけである。しかも、原告夫婦、とりわけ吉夫は、酒好きで客たちと一緒に又は単独で一日ビール四本位を飲むため酒類等消費金額に占める自家消費分は相当な額に上るため、営業収入はなおさら微々たるものであった。

原告には以上のような特有の個別的事情があるので比準同業者と類似性を有しないことは明らかである。

(二) 原告主張の推計方法

原告の本件各年分の所得金額を合理的な推計方法により算出すると別表一六のとおりである。右推計にあたっては、被告税務署長が提示したカクヤス本店から原告が仕入れたとする右各年分の酒類等仕入金額を一応正しいものとして、右酒類等仕入金額と日鶏食産から仕入れた鳥材料の仕入金額が、当時年額五〇万円程度であり、鳥以外の材料仕入額は鳥仕入額とほぼ同額であったとの記憶をもとに仕入金額を計上し、売上金額については酒類につき仕入金額の一二五パーセント、料理については同じく二〇〇パーセントをそれぞれ乗じて算定を行った。酒類の場合、当時ビールについては一本を一八五円で仕入れ、二三〇円で販売し、日本酒(一級)は、一升を一、二〇〇円で仕入れたものを銚子約一三本に分けて一本一二〇円(計一、五六〇円位)で販売していた事実より、一二五パーセントとすることには合理的根拠がある。料理については、品目としてやきとり、からあげ、煮こみ(鳥皮を用いる)の鳥料理が主であり、他は生野菜のサラダ程度であったが、ちなみに料理の中心たる鳥一羽分の原価は、当時四〇〇円位であり、この一羽分より、やきとり五皿分(一皿一五〇円)、からあげ二皿分(一皿一五〇円)を料理して計一、〇五〇円で販売することができたが、その代金中には鳥以外にねぎ、調味料等の材料費も含まれているから、全体の材料仕入金額は、販売価格の約半分と見るのが妥当であり、原告の店のような場合、売上金額を仕入金額の二〇〇パーセントとすることは、一般的にも相当である。

なお、原告の店では、原告夫婦の自家消費分として酒類は一日ビール四本位、年間平均二〇万円位を消費し、夕食も仕入材料で賄うことが多く、一日約一、〇〇〇円程度、年間平均三〇万円を消費していたから、その分を売上金額中に算入した。

一般経費については、原告のような小規模経営の場合、売上げの一五パーセント程度が通常であるので、これをもって算定し、特別経費は五三年分を除き同被告主張額をそのまま援用する。

3  昭和五三年分における火災による損失額について

原告は、昭和五三年八月一二日発生した火災により、別表一七のとおり事業用資産の損失を蒙ったので、従前の同年分における同被告主張の特別経費に三二万九、七一六円を加算すべきである。

六  原告の反論に対する認否

事実は否認し、主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第一被告税務署長に対する訴えについて

一  本件各処分の経緯等

請求原因1(原告の地位)及び2(本件各処分の経緯)の各事実並びに同3の事実中、被告税務署長が推計課税の方法で本件各処分を行ったことは、当事者間に争いがない。

二  本件調査の適法性について

1  原告は、本件各更正の前提としてなされた本件調査における被告所部係官の質問検査権の行使は違法であり、したがって、本件各処分は適法な調査に基づかないでされた違法がある旨主張する。

そこで検討するに、国税通則法二四条が「税務署長は納税申告書の提出があった場合において・・当該課税標準等又は税額等がその調査したところと異なるときは、その調査により、当該申告書に係る課税標準等又は税額等を更正する。」と規定していることにかんがみると、同条は、更正が課税庁の調査に基づいてされることを予定しているものと解されるから、右調査手続に重大な瑕疵があって当該課税処分が全く調査に基づかずにされたのと同視することができるような場合には、右調査手続の瑕疵は、これに基づく課税処分の違法事由となるものと解すべきである。このような見解に立って、以下、原告の主張する調査手続の違法の有無について順次検討する。

(一) 原告は、まず、本件調査に際しされた質問検査権の行使は、何ら調査の客観的必要性がないのにされた違法があると主張する。

法二三四条一項に定める「調査について必要があるとき」とは、調査権限を有する税務職員において、当該調査の目的、調査すべき事項、申告の体裁内容、帳簿等の記入保存状況、対象者の事業形態等諸般の具体的事情にかんがみ、調査の客観的な必要性があると判断される場合をいい、確定申告後に行われる所得税に関する調査については、過少申告の疑いが存する場合のみならず、そのような疑いが当初から存しない場合でも、申告の適否すなわち、申告の真実性、正確性を確認する必要性が存する場合をも含むものと解すべきである。

これを本件についてみるに、原告の本件各年分の確定申告書には、いずれの年分についても所得金額欄のみが記載されているだけで、収入金額及び必要経費の各欄には何の記載もなく、わずかに、昭和五一年分のみ事業専従者控除に関する事項が記載されているだけであったことは、当事者間に争いがなく、証人勝又勇二の証言によれば、原告は、被告税務署長から送付を受けた収支明細書の提出も行わなかったため、所得金額の算出過程が全く不明であったこと、近隣の同業者と比較して原告の申告所得金額が低かったこと、原告は昭和五三年中に住居兼店舗を新築していたところ、右新築資金の源泉が明らかでなかったことなどの理由から、被告税務署長の統括官が勝又係官に原告の調査を命じた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。右事実によれば、本件調査当時、被告所部係官において申告の適否について確認するため調査の必要性があると判断したことは相当というべきであるから、原告の右主張は理由がない。

なお、原告は、原告の確定申告書の記載方式は法一二〇条所定の方式にのっとったものであるから、右記載をもって調査の必要性の根拠とすることは許されない旨を主張するが、右申告書には収入金額及び必要経費の欄には全く記載がなかったのであるから、このような申告書が法定の様式(法一二〇条一項一一号によれば、総所得金額等の計算の基礎を記載しなければならないこととされる。)に従った適式なものとはいえないのみならず、仮にこれが適式なものであったとしても、税務職員が調査の必要性を判断するに際し、適式な確定申告書の記載を参考にすることは、何ら違法ではないから、原告の右主張は採用し難い。

(二) 次に、原告は、本件調査の過程において種々の違法があった旨を主張する。

そこで、本件調査の経緯をみるに、勝又係官は、昭和五四年八月九日午後二時三〇分ころ原告宅に臨場して原告及び吉夫に面接したが、その際、原告らは被告税務署長主張1(二)(1)記載<1>ないし<5>の趣旨の話をし、同係官は一週間後に再度調査のため臨場したい旨を告げたこと、同月一四日ころ吉夫が同係官に電話で調査期日を同月二四日にしてほしい旨を連絡し、調査期日が同日に延期され、同日午後二時ころ勝又係官が他の係官一名を同行して原告方へ赴いたところ、同所には原告及び吉夫のほか葛飾民商の瀬尾事務局員及び同会員ら九名位が立ち会っていたので、勝又係官がこれらの同席者を直ちに立ち退かせるよう要求したが、同人らは立ち退かなかったため、同係官らは調査を行わずその場から退去したこと、勝又係官は同年九月二〇日午後二時ころ原告宅に赴き、勝手口で原告と面接したこと、同係官が原告宅に架電したところ、電話に出た吉夫が前回同係官が行った立会人排除要請の理由は根拠を欠き不当である旨を申し立て、当日は多忙であるから調査に応じられないと答えたことは、当事者間に争いがなく、右事実と証人勝又勇二、同瀬尾正明(後記措信しない部分を除く。)、同泉谷吉夫(後記措信しない部分を除く。)の各証言及び原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。

(1) 前記統括官の命を受けた勝又係官は、本件調査のため昭和五四年八月九日午後二時三〇分ころ原告の店舗兼住宅に臨場し、一階店舗の奥で原告及び吉夫と面接した。同係官は、原告らに対し身分証明書と質問検査証を提示しながら、昭和五一年分から同五三年分までの所得税の調査に来た旨を告げ、質問検査を行ったところ、原告らは、<1>開業は昭和四九年か同五〇年ころであること、<2>事業内容は鳥料理を中心とした酒場業であること、<3>業務に従事する者は原告のみであるが、個人タクシー業を営む吉夫が仕込みを手伝っていること、<4>営業時間は午後七時から同一一時までで金曜日が定休日であること、<5>昭和五三年八月一二日の火災により原告宅の一部を焼失したため、その後一時休業したが、店舗を新築して同五四年一月から事業を再開したこと、火災の前後で商品の販売価格は変わっていないこと等を答えた。また、同係官は、本件各年分に係る帳簿書類の提示を求めたところ、吉夫は前記火災の際に消失してしまって見せられないと答えた。そこで、同係官は、現在つけている昭和五四年分の帳簿を見せてほしいと求めたが、原告らはこれを断った。その後、同係官は、原告の了解を得て店舗の中の造作、設備を見てまわり、値段表を写し取った。更に、同係官が収入金額の内訳、酒類及び材料の仕入先、所得金額を算定した過程及びその基礎数値並びに新築資金の出所等について繰り返し質問したところ、原告らは、「うちみたいな小さいところに何故来るんだ。」「事前通知のない調査には応じられない。」「今日は忙しい。」等と申し立ててこれに応じなかった。そこで、同係官は、当日の調査を断念し、原告らの申出により同月一六日午後再度調査のため臨場することを告げるとともに、「その折に所得金額の計算過程のわかる書類を出して下さいよ。」と要請したところ、原告らもこれを了承したため、同係官は同日午後四時ころ原告宅を退去した。しかし、同月一四日ころ吉夫が同係官に電話で調査期日を同月二四日にしてほしい旨を連絡したため、調査期日は同日に連絡された。

(2) 同月二四日午後二時ころ勝又係官が武末係官を同行して原告宅へ赴いたところ、店舗内には原告及び吉夫のほか葛飾民商の瀬尾正明事務局員及び同会員ら一〇名位の者が同席していた。勝又係官は、第三者の立会いの下では個人の秘密や取引先の秘密を守れないので事業に関係のない方や従業員でない者を退席させるよう原告及び吉夫に要請するとともに、立会人に対しても立ち退くよう要求したところ、立会人らは、「本人がいいと言っているんだからいいんだ。」「おれは友達だからいいんだ。」等と答えるだけで立ち退かなかった。他方立会人ら及び吉夫は同係官らに対し身分証明書の提示を求めたところ、勝又係官は前回の調査の際見せていることを理由にこれに応じないで、武末係官のみが原告に対しこれを提示した。その後、勝又係官は、立会人らの背後の方に行ってしまった原告に対し「奥さん、こっちの方に来て下さい。」「約束どおり帳面を見せて下さい。」と繰り返し要請したところ、同人は、「いや、うちの人が見せない方がいいと言っていますから、見せられません。」と申し向け、これに応じようとはしなかった。その際、立会人らはこもごも「来いとは何だ。」「出せとは何だ。」「そんな勝手な言い分があるか。」「お前はふざけた野郎だ。」「お前みたいな生意気な野郎は引きずり出してやる。」等と言ったため、その場は原告の声が聞き取れないほど騒然となった。更に、同係官は、「約束の日ですから調査に応じて下さい。」「帳簿を出してくれると言ったから私はお伺いしたんです。」と要請したが、原告がこれに応じる気配は全くなく、双方とも感情的になって来たため、調査を進められる雰囲気ではないものと判断し、来訪後約一〇分程度で武末係官とともに原告宅を辞去した。

(3) 同年九月二〇日午後二時ころ勝又係官は原告宅へ赴いたが、閉店していたため勝手口へ回り、同所で原告と面接した。同係官が再び所得税の調査に来た旨を伝えたところ、原告は、「何故黙って来るんだ。」等と申し向け、前回の調査の際立会人の排除を要請した件を憤慨していた。同係官は、「泉谷さん、このような状態では調査が進みませんので、早く帳簿を見せて下さい。」「調査を進めましょう。」と協力方を要請し、更に、「私達はいつまでも待っていられない。このままでは取引先の調査をしてでも所得金額の算定をする。」と申し向けたところ、原告は勝手にドアを閉めてしまい、その後の同係官の呼びかけに対し一切応答しなかった。そこで、同係官は、原告に何とか調査に応じてもらおうと思い、原告宅付近の公衆電話から原告宅に架電し、電話口に出た吉夫に対し調査に応ずるよう説得したが、同人は前回の立会人排除要請の件を非難するばかりで、調査に応じようとはしなかった。その際、同係官は、このままでは反面調査を行わなければならない旨を申し向けたところ、吉夫は、「ふざけるな」と怒鳴り、一方的に電話を切った。

以上の各事実が認められ、右認定に反する証人瀬尾正明及び同泉谷吉夫の各証言はにわかに措信することができず、他に右認定に反する証拠はない。

ところで、原告は、本件調査の際された質問検査権の行使は、事前に調査理由を告知せずにされた違法がある旨を主張する。

しかしながら、法二三四条一項は、質問検査権の行使に際し、調査の具体的理由、必要性を事前に告知すべきことを要件として規定してはおらず、他にこの点を義務づける規定も存しないことにかんがみると、右理由ないし必要性を告知するか否かは税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきであり、これを告知することが適法要件であると解することはできないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、本件質問検査権の行使は身分証明書の提示をしないでされた違法がある旨を主張する。

法二三六条によれば、税務職員が法二三四条による質問又は検査を行う場合において、関係人の請求があったときは、これを提示しなければならないものとされているところ、前記認定事実によれば、勝又係官は昭和五四年八月二四日の第二回目の原告宅臨場に際し、吉夫の要求にもかかわらず身分証明書を提示しなかったことが認められるが、しかし、同行の武末係官は身分証明書を原告に提示しており、また、勝又係官自身は既に第一回目の調査臨場に際しこれを原告に提示しているのであるから、原告は右質問検査権の行使が権限ある税務職員によるものであることを当然確認できる状況にあったことに照らすと、同係官の右措置をもって質問検査自体を違法とするほどの瑕疵ということはできず、結局、原告の右主張も理由がないものというべきである。

次に、原告は、勝又係官らが本件各年分とは関係のない未申告の年分に係る帳簿書類の提示を求めたのは違法であると主張する。

しかしながら、本件調査に際し原告らが本件各年分の帳簿を焼失してしまったと述べていたことは、前認定のとおりであるから、被告所部係官が本件各年分の所得金額の正確性を確認するため、未申告の昭和五四年分に係る帳簿の提示を求めるのは当然許されるものと解される。原告の右主張は理由がない。

更に、原告は、被告所部係官が原告に対する質問検査を一方的に打ち切ったのは違法であると主張する。

しかしながら、前認定の事実によれば、原告は前後三回にわたる本件調査に際し、被告所部係官の再三の調査協力及び帳簿書類の提示要請にもかかわらず、営業形態等に関し多少応答しただけで、第三者の立会いを要求しうるという独自の見解に基づき、それ以外の質問検査に応じようとはせず、帳簿書類の提示要請についても応じなかったものであり、そのために調査か進展しなかったのであるから、同係官が調査を打ち切った点に何ら違法、不当の点はないものというべきである。

また、原告は、被告所部係官は、反面調査の結果を原告に再調査しない等調査義務を尽くさなかった違法がある旨を主張する。

しかし、納税者自身に対する質問検査を行うべき事項については法に特別の定めがないうえ、反面調査によって得た資料を納税者本人に再確認することを義務づけた規定もないことにかんがみると、これを行うか否かは税務職員の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきであるから、原告の右主張は理由がない。

2  以上によれば、被告所部係官が行った本件調査には重大な瑕疵はもとより、何ら違法な点は存しないものというべきであるから、調査に違法があることを前提として本件各処分の違法をいう原告の主張は採用することができない。

三  本件各処分の違憲性に関する主張について

原告は、被告税務署長が本件各処分を行ったのは、原告が民商の会員の地位にあったことを理由とし、民商の組織破壊を目的とするいわゆる他事考慮に基づくものであるから、憲法一四条、一九条、二一条一項、二五条、二九条に違反する旨を主張する。

そこで検討するに、原告が民商の会員であることは原告の自認するところであるが、しかし、本件調査ないしこれに基づく本件各処分が右事由を理由とするいわゆる他事考慮に基づいてされたことを疑わせるような証拠は何ら存在しないのみならず、かえって、前記認定事実によれば、被告所部係官は調査の客観的な必要性があるものと判断して本件調査を実施し、その結果が原告の確定申告と相違していたため本件各処分を行ったものであるから、原告主張のような他事考慮はなかったことが認められる。したがって、この点に関する原告の主張もまた理由がない。

四  推計課税によったことの違法性について

1  まず、原告は、適法な税務調査を受けたことがなく、したがって、調査を拒否したこともなかったから、本件は推計課税をなし得ない場合に当たると主張する。

しかしながら、原告が被告所部係官の再三にわたる調査協力等の要請に対し非協力的な態度に終始したことは、前認定のとおりであるから、原告の右主張はその前提を欠くものであるのみならず、証人勝又勇二の証言によれば、原告の顧客は現金払いの客が多く、客数、売上金額をすべて把握することは全く不可能であったこと、仕入先についても現金取引が多いうえ、白色申告者で帳簿書類に記帳していない者があったことが認められ、右事実に照らすと、被告税務署長において原告の本件各年分の所得を実額で把握することは不可能であったというべきであるから、被告税務署長が推計によって所得金額を算出し、本件各処分をしたことになんらの違法はないものというべきである。

2  また、原告は、本件各年分の帳簿書類は災害で消失したものであり、このように納税者側の事情によらないで所得の実額が把握できない場合は推計課税をなし得ない旨を主張する。

そこで検討すると、税務署長が法一五六条に基づいて行う推計課税は、それが実額により所得を把握できない場合にやむを得ず用いられる補充的な課税方法であることにかんがみると、推計の必要性が要件とされることは明らかであるが、しかし、この必要性が肯定される場合のなかには、納税者が税務調査に対して資料の提供を拒む等非協力的な態度をとった場合のみならず、備え付けられた帳簿書類の内容が不正確で信頼できない場合あるいは本件のように帳簿が災害によって消失した場合をも含まれるものと解すべきである。けだし、このような場合であっても実額によって所得を把握できず、推計の方法によらざるを得ないことは、納税者が調査に対し非協力的な態度をとった場合と同様だからである。したがって、原告の右主張は失当であるといわなければならない。

五  本件課税根拠について

1  原告は、本件各更正は所得金額を過大に認定した違法がある旨を主張するので、以下、原告の本件各年分の算出所得金額につき検討する。

(一) 当事者間に争いのない事実

昭和五一年分及び同五二年分特別経費が別表四及び五の各<3>記載の金額であり、その内訳が別表八ないし一〇の各該当年分記載のとおりであること、原告の酒類等の仕入先がカクヤス本店であること、原処分時及び異議申立て時において原告が酒類等のたな卸について資料を提示しなかったこと、昭和五三年分特別経費のうち雇人費が九万四、五〇〇円であり、店舗の減価償却費が二万八、〇七三円であり、支払地代が一万三、七六三円であり、その各内訳が別表八ないし一〇の同年分欄記載のとおりであること、そのほかに同年分特別経費として少なくとも別表一一記載のとおり一〇万三、五六〇円の火災損失が存すること、原告が酒類の値上りを見越して昭和五三年四月二九日多量のビールを仕入れていたこと、同年八月一二日の火災により別表一一記載のとおりの酒類等在庫を焼失したこと、右焼失に係る在庫の金額を同年分酒類等消費金額から控除すべきこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

(二) 昭和五三年分における火災損失額について

原告は、前記火災により別表一一のほか、別表一七記載のとおりの事業用資産の損失を蒙ったのでこれを昭和五三年分特別経費に加算すべきであると主張する。

冷凍庫、ビールサーバー、クーラー、テレビの取得価額、昭和五三年八月一二日現在の償却累計及び帳簿価額が別表一五の1記載のとおりであることは、当事者間に争いがなく(原告主張に係る別表一七の1冷凍庫の金額四七万六、九四〇円は四六万七、九四〇円の誤記と認められる。)、成立に争いのない甲第一号証の一、乙第七号証、証人泉谷吉夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二及び同証人の証言によれば、昭和五三年八月一二日午後二時ころ原告宅から出火し、吉夫所有に係る冷凍庫、ビールサーバー、クーラー、テレビ等の事業用備品が損失を蒙ったこと、右四点の損害額及び被災後の時価(保険評価額から損害額を控除した金額)はそれぞれ別表一五の1損失資産の明細中各該当欄記載のとおりであること、右火災による営業用什器備品全体の損害額は一六〇万円であり、これに対する受取保険金は六八万五、二二五円であること、したがって右四点に係る受取保険金は四三万八、九七二円(算式は別表一五の2(1)記載のとおり。)となること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、居住者の営む事業所得を生ずべき事業の用に供される固定資産につき生じた損失の金額は、その損失の生じた日の属する年分の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるところ(法五一条一項)、右損失計算は所得税基本通達五一-九のとおり、帳簿価額から当該損失が発生した直後における当該資産の価額及び損失を補てんすべき保険金を控除して行うのが相当であるから、右四点につきこれを計算すると、別表一五の2(2)記載のとおり、一九万一、二六七円の保険差益が発生することとなり、結局、原告の所得金額の計算上控除すべき火災損失の額はないこととなる。したがって、原告の右主張は採用し難い。

(三) 推計の必要性について

被告税務署長は、原告の本件各年分の総収入金額(売上金額)及び算出所得金額につき推計の方法で算出した金額を主張するところ、原告が本件調査に終始非協力的な態度をとり、反面調査によっても原告の所得実額が把握できなかったことは、前認定のとおりであり、原告自身本訴において本件各年分に係る帳簿書類が火災により焼失したとして実額を把握しえないとしているのであるから、本件において推計の必要性はあるものといわなければならない。

(四) 推計の合理性について

(1) そこで、まず、被告税務署長が本件所得推計の基礎とした原告の本件各年分の酒類等の仕入金額について検討する。

原告の本件係争年における酒類等の仕入先がカクヤス本店であることは、前記のとおり、当時者間に争いがなく、証人山本高志の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証の一ないし三三及び同証人の証言によれば、原告のカクヤス本店からの仕入金額月別明細は別表七記載のとおりであることが認められ、これを各年分別に合計すると同表の合計欄記載のとおり昭和五一年分二〇二万九、一〇〇円、同五二年分二二二万二、八三五円、同五三年分(但し一月から八月まで)一二四万三、五六四円となる。

また、原処分時及び異議申立て時に原告が酒類等のたな卸について資料を提示しなかったこと(右事実は当事者間に争いがない。)、後期認定に係る原告の事業の種類、営業形態及び規模からすると、年初及び年末における酒類等のたな卸金額にさしたる変化が生ずるものとは通常考えられないうえ、実際に右変化を窺わせる証拠もないことに照らすと、原告の年初及び年末における酒類等のたな卸金額は本件各年分を通じ同額と認定することができ、右仕入金額をもって、原告の酒類等売上原価の額とすべきである(もっとも、昭和五三年中の酒類等消費金額の中には別表一一記載のとおりの焼失した特別の仕入れに係る五万七、九〇〇円分の在庫が含まれていることは、前記のとおり、当事者間に争いがないから、同年分売上原価の額は前記一二四万三、五六四円から右五万七、九〇〇円を控除した一一八万五、六六四円とすべきである。)。

(2) 次に、被告税務署長は、右酒類等売上原価の額を同業者の平均酒類等原価率で除した金額を売上金額と推計し、更に、右金額に同業者の平均算出所得率を乗じて所得金額を推計するので、右推計の合理性につき検討する。

証人江刺家秀次の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証、第二号証の一ないし三及び同証人の証言によれば、次の事実が認められる。

すなわち、東京国税局長は、昭和五七年九月一四日付で原告の店舗が本件係争年当時その管轄区域内に所在した被告税務署長に対し、本件各年分につき、<1>個人事業者で専ら酒場業を営んでいる者、<2>青色申告の承認を受けている者で、管内に事業所を有するもの、<3>酒類小売業者(酒店)からの仕入れに係る売上原価が(イ)昭和五一年分は一〇一万四、〇〇〇円以上四〇五万八、〇〇〇円以下、(ロ)昭和五二年分は一一一万一、〇〇〇円以上四四四万五、〇〇〇円以下、(ハ)昭和五三年分は、次の算式によって算出される年初から八月一一日までの売上原価の金額が六二万一、〇〇〇円以上二四八万七、〇〇〇円以下(算式…1月分から7月分までの合計金額+8月分×11/31)、<4>年を通じて事業を継続している者、<5>次の(イ)、(ロ)のいずれにも該当しない者(イ)災害等により経営状態が異常であると認められる者(ロ)更正又は決定処分がされている者のうち、当該処分につき国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間又は出訴期間の経過していないもの及び当該処分に対して不服申立てがされ、又は訴えが提起されて現在審理中であるもの、以上の各要件をすべて充足する者全員(但し、本件各年分のいずれかだけの年分に該当する場合であっても、その該当する年分につき)を調査対象者として抽出し、総収入金額、売上原価、そのうち酒類小売業者からの仕入れに係る売上原価、一般経費、酒類等の原価率、算出所得率を調査のうえ、これを個人酒場業者の課税事績報告書に記入して報告するよう通達した。これを受けた被告所部係官は、管内の個人で酒場業を営んでいるとみられる青色申告者をすべて抽出したところ、約一〇〇名位の者が存在した。そこで、同係官は、被抽出者全員に対し、<1>本件各年分の月別酒類等仕入金額、<2>そのうちグラス、ジョッキ等売上原価とならない物品の購入代金、<3>営業形態に関し、小料理屋、やき鳥屋、おでん屋、大衆酒場、バー、スナック、おにぎり屋、お茶漬屋、その他のいずれに該当するかを回答するよう照会書を発送したところ、約六〇名から回答があった。右回答中には前記条件<5>に該当する者は存しなかった。そして、同係官が右回答書の中からやき鳥屋、おでん屋、大衆酒場以外のもの及び仕入金額の記載のないものを除外し、各年分仕入金額の合計額からグラス、ジョッキ等売上原価とならない物品の購入代金の合計額を差し引いた残額が前記条件<3>の範囲内にある者(昭和五三年分については所定の計算をした額が<3>(ハ)の範囲内にある者)を抽出したところ、各年分とも八名であった。更に、同係官が右八名分の回答書及びこれらの者の当該年分青色申告書を基に右同業者の総収入金額、売上原価、そのうちの酒類等消費金額、一般経費、算出所得金額、酒類等原価率、算出所得率を算定すると、別表一二ないし一四記載のとおりであった。以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、比準同業者における本件各年分の酒類等原価率及び算出所得率の各平均値は、被告税務署長主張のとおり、別表一二ないし一四の各平均欄記載の数値となる。

ところで、原告が肩書地に店舗を有して酒場業を営んでいることは、当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、原告の業種は鳥料理を中心とするいわゆるやき鳥屋に該当するところ、前記認定事実と対比すれば、被告税務署長により抽出された比準同業者は、原告と同様葛飾税務署管内に事業所を有し、やき鳥屋、おでん屋、大衆酒場といういわゆる酒場業を暦年を通じて営む個人事業者であり、かつ、原告の酒類等売上原価の額の二分の一から二倍までの範囲内にある者であるから、業種、事業場所、個人で酒場業を営むという営業形態、酒類等売上原価の額の点において原告と類似性を有する同業者というべきである。しかも、抽出された同業者はいずれも帳簿書類の完備している青色申告者であり、その申告は税務署長によって是認されているものであることに照らすと、資料の正確性も担保されているものというべきである。そして、前認定のとおり、被告所部係官は酒場業を営む者で前記照会につき任意に回答した者のうち、前記各要件を充足する者全員を機械的に抽出しているから、抽出過程に恣意が介在するおそれもなく、比準同業者の数も各年分とも八名であって、資料の客観性を担保するに十分足りるものであるから、比準同業者の酒類等原価率及び算出所得率の各平均値は、個々の同業者の個別的具体的事情を捨象した客観性と普遍性を有するものといえる。

これに対して、原告は、同じ酒場業といっても業態、立地条件、事業規模、顧客層、主たる料理の品目と価格等によって同業者率に大きな差異が生ずるが、被告税務署長は比準同業者を特定しないため、右諸点が不明であり、原告との類似性が明らかでないから本計推計は合理性を欠く旨を主張する。

しかしながら、前記のとおり、比準同業者は、事業場所、個人でやき鳥屋、おでん屋、大衆酒場を営んでいるという営業の形態、酒類等売上原価の額の点において原告と類似性を有するものが抽出されているのであるから、立地条件、業態、事業規模は一応配慮されているものというべきである。また、原告の主張する店舗の面積、構造、店員数、営業時間、顧客層、主たる料理の品目と価格のすべてにわたり原告と類似性を有する同業者を求めることは極めて困難であって、たとえ求め得たとしてもごく限られた数となり、これを基礎とする推計はかえって普遍性を欠くこととなるのは明らかである。したがって、抽出された同業者の右諸点が明らかでなくても右同業者と原告との類似性は阻害されるものではないから、原告の右主張は採用することができない。

また、原告は、酒場業といっても、営業収入を酒類の売上げに依存する店と、酒類のみならず料理その他による収益にも依存する店とでは差益率を全く異にするのであるから、酒類等売上原価の額のみを推計の基礎とした本件推計は合理性を欠くと主張する。

確かに原告のようなやき鳥屋と料理に重点を置く小料理屋及び洋酒を提供するバー、スナック等とでは営業収入のうち酒類とそれ以外のものの占める割合が異なり差益率もかなりの差があるものということができるが、しかし、小料理屋、バー、スナック等が本件比準同業者の中に含まれていないことは、前記認定のとおりであるうえ、証人江刺家秀次の証言によれば、課税実務上、酒場業とは簡易なテーブルスタンド等を持ち、酒類は主として日本酒、ビールを提供し、酒こうとしては冷やっこ、煮こみ、やき鳥、刺身、おでん等という簡易な料理を提供する酒場すなわち、いわゆるやき鳥屋、おでん屋、大衆酒場をいうものであるところ、本件比準同業者も右の中から抽出されているのであるから、このような業態の類似性があれば営業収入のうち料理と酒類の占める割合はほぼ同程度と推認されるのである。また、本件比準同業者において酒類等消費金額が売上原価に占める割合をみても、昭和五一年分(別表一二)では最大五四パーセント、最小三二パーセントであって、右程度の開差は原告と比準同業者の類似性を否定するに足りないものというべきである。したがって、被告税務署長が酒類等原価の額のみを基準として同業者を抽出したとしても、右同業者と原告との間の類似性が阻害されるものではないというべきであるから、原告の右主張は採用することができない。

次に、原告は、被告税務署長の採用した倍半基準そのものが不合理である旨を主張する。

しかしながら、いわゆる倍半基準は、同業者比率法において事業規模の類似する同業者を抽出するための基準として優れた合理性を有するものとして一般に承認されているものであるうえ、仮に右基準を更にせばめるとすると、比準同業者の選定件数はおのずから少なくならざるを得ないが、このような少数の同業者を基礎とする推計はかえって普遍性を欠くこととなるというべきであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、実際抽出された同業者の酒類等原価率及び算出所得率に大幅な開差があるから、これらを比準同業者とするには問題があると主張する。

しかしながら、前記認定の事実によれば、比準同業者の酒類等原価率は、昭和五一年分が最大で二五・六三、最小で一三・〇八、昭和五二年分が最大で二〇・五七、最小で一一・六六、昭和五三年分が最大で二六・七三、最小で一〇・六四であり、また、算出所得率は、昭和五一年分が最大で五二・〇二、最小で三二・三八、昭和五二年分が最大で五六・二八、最小で三六・七二、昭和五三年分が最大で五五・五八、最小で三六・四二であって、前者はいずれも一〇パーセント前後、後者はいずれも二〇パーセント前後の開差であるから、右程度の開差は偏差が著しいものとはいい難いものというべきである。のみならず、同業者比率法による場合、極端に偏差のある場合を除き、同業者間に偏差のあることが同業者率の内容の合理性を否定することとなるのは、その業者の中に原告の業態と著しく異った者が含まれていることが窮われる場合に限られるものと解すべきところ、前記抽出過程に照らすと、本件比準同業者中に原告の業態と著しく異った者が含まれている疑いは存しないのであるから、原告の右主張は理由がないものといわなければならない。

更に、原告は、原告には右抽出に係る同業者の平均算出所得率の適用を排除すべき営業上の特殊事情(アルバイト以外は従業員がおらず、零細な個人営業であること、経験年数が浅く、顧客も少数の固定客であること、立地条件が劣ること、吉夫が酒好きで自家消費分が相当額に上ること等)が存する旨を主張する。

成立に争いのない甲第二号証、証人泉谷吉夫の証言により同人が昭和五九年一一月原告宅及び千代田通り商店街を撮影したものであることが認められる甲第三号証、同証人の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は昭和四九年に吉夫に勧められて自宅を改造してやき鳥屋を開業したものであるが、従前原告及び吉夫の両名ともいわゆる水商売に携わったことはなかったこと、材料の仕入れ、帳簿の整理等は吉夫が援助しており、長男も時折り店の手伝いをしたが、アルバイト以外に従業員はおらず、ほとんど原告一人で店の経営にあたって来たこと、原告の店舗は、京成小岩駅から徒歩約六分程の拒離にあり、交通量の比較的多い千代田通り商店街から路地に入って約五〇メートル位の位置にあり、周辺は商店と一般住宅とが混在していること、店の顧客は近所の人、吉夫の友人等常連客が多いこと、営業時間は午後七時から一二時までであったこと、料理の品目はやき鳥等の鳥料理が主で、その他冷やっこ、焼き魚等であり、値段は吉夫が決定していたこと、原告及び吉夫は酒好きで、客と一緒又は単独でビールを飲むことが多かったが、これによる自家消費分を示す確たる資料はないこと、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。

ところで、同業者の平均算出所得率等による推計の場合には、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は無視し得るのであるから、課税庁においてかかる推計による所得の認定を行い、かつ、その方法が業種の同一性、業態、事業規模の一応の類似性推計を基礎づける資料、数値の確実性、平均値算出過程の整合性等推計の基本的要件に欠けるところがない以上、納税者の個別的営業条件のいかんはそれが当該平均値による推計自体を不合理ならしめるほどに顕著なものでない限り、これを斟酌することを要しないものと解すべきである。しかして、原告主張に係る特殊事情が算出所得率にいかなる影響を及ぼすかについては具体的に明らかにされていないのみならず、前認定に係る原告の経験年数、店舗の立地条件、顧客層、営業時間、主な料理の品目等の諸要素は、業者間に通常存在する程度の営業条件の差異の範囲内にとどまるものというべきである。また、原告の店には正規の従業員が存しなかったというものの、アルバイトは時折り使っており、原告の夫及び長男が営業に協力していたものであることにかんがみると正規の従業員が存在しないことをもって、同業者の平均算出所得率による推計を不合理ならしめるものということはできない。更に、本件において原告が劣悪であるとして指摘する多量の自家消費分の存在については、その額が一般的に個人の酒場業事業者ごとに大差があるものとは通常考えられないうえ、原告において格別酒類の自家消費量が多く、それが本件推計自体を不合理ならしめるほどに顕著なものであることについては、これを認めるに足りる証拠がない。したがって、原告の右主張は失当というほかない。

最後に、原告は、被告税務署長による推計に比してより合理的な推計方法が存在する旨を主張する。

しかしながら、原告が推計の基礎として主張する鳥材料の仕入金額、鳥以外の材料の仕入金額、売上金額、酒類及び材料の自家消費分は、いずれも原告ないし吉夫の記憶のみに基づくものであって、推計の基礎資料に全く正確性がないから、原告の主張する推計方法は、その余の点を検討するまでもなく、推計の合理性を欠くものというべきである。したがって、原告の右主張は採用することができない。

(五) 所得金額の算定について

以上認定したとおり、被告税務署長の推計の方法は合理的であるから、本件各年分につき前記のとおり認定した酒類等売上原価の額に同業者の平均酒類等原価率を適用してそれぞれ総収入金額(売上金額)を計算し、更に、右各金額に同業者の平均算出所得率を乗じてそれぞれ算出所得金額を計算すると、被告税務署長主張のとおり、別表四ないし六の各<1>及び<2>記載の金額となる。次いで、右算出所得金額から前記特別経費(本件各年分につき)及び事業専従者控除額(昭和五一年分につき)をそれぞれ控除すると、本件各年分の原告の所得金額は、被告税務署長主張のとおり、別表四の<5>、別表五の<4>、別表六の<4>記載の金額となる。

2  そうすると、本件各更正は、いずれも所得金額の範囲内でされたものであるから、所得を過大に認定した違法はないものというべきである。

また、以上によれば、原告は、本件各年分の確定申告に際し所得金額及び納付すべき税額につき過少申告を行ったことになるから、被告税務署長が国税通則法六五条一項に基づき本件各更正によりそれぞれ納付すべき税額(同法一一八条三項により一、〇〇〇円未満切捨て)である昭和五一年分四七万七、〇〇〇円、同五二年分六八万七、〇〇〇円、同五三年分二二万円にそれぞれ一〇〇分の五を乗じた金額(同法一一九条四項により一〇〇円未満の端数切捨て)、すなわち昭和五一年分につき二万三、八〇〇円、同五二年分につき三万四、三〇〇円、同五三年分につき一万一、〇〇〇円の過少申告加算税を賦課した本件各決定も、適法というべきである。

第二被告審判所長に対する訴えについて

原告は、本件裁決は推計課税の必要性について調査、審理を尽くさないままされた点で審理不尽の違法がある旨を主張する。

そこで検討するに、被告審判所長が推計課税の方法により原告の本件各年分の所得金額を計算して本件裁決を行ったこと、被告らの主張5(二)の事実(但し、担当官らが検討協議をしたことを除く。)同(三)の事実(但し、担当官と対応したのが原告とする点を除く。)、同(四)の事実、同(五)の事実中、原告らが被告ら主張の質問検査に応じたこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。また、成立に争いのない丙第一号証によれば、被告審判所長係官が原告に対し、国税通則法九七条に基づき再三にわたり本件各年分の所得金額の計算に関する証拠資料の提示を求めたところ、原告は、前記火災により帳簿書類等を焼失したとしてこれを提示せず、その他計算根拠に関する具体的な答述もしなかったこと、そのため、被告審判所長は、原告の本件各年分の所得金額を実額で把握できないものと判断し、原処分関係資料を再調査したうえ、改めて推計計算をして本件裁決を行ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告審判所長に推計の必要性に関する審理不尽の点はないものというべきであるかから、原告の右主張は理由がない。

次に、原告は、本件裁決には本来なし得ない推計課税の方法により原告の所得を算出した違法があると主張するが、推計課税それ自体は所得認識の手段、方法にすぎないのであって、この推計課税に関する違法は原処分の違法事由となるものというべきであるから、原告主張に係る違法は裁決固有の瑕疵に該当せず、したがって、原告の右主張もまた理由がないものといわなければならない。

第三結論

よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宍戸達徳 裁判官 小磯武男 裁判官 金子順一)

別表一(昭和五一年分)

<省略>

別表二(昭和五二年分)

<省略>

別表三(昭和五三年分)

<省略>

別表四(昭和五一年分)

<省略>

別表五(昭和五二年分)

<省略>

別表六(昭和五三年分)

<省略>

別表七 カクヤス本店からの仕入金額月別明細

<省略>

別表八 雇人費計算内訳

<省略>

別表九 店舗の減価償却費計算内訳

<省略>

別表一〇 支払地代計算内訳

<省略>

別表一一 火災時の酒類等在庫内訳

<省略>

別表一二 比準同業者(昭和五一年分)

<省略>

別表一三 比準同業者(昭和五二年分)

<省略>

別表一四 比準同業者(昭和五三年分)

<省略>

別表一五

1 損失資産の明細

<省略>

(注) 被災後の時価は乙第7号証の保険価額(評価)から損害額を控除した金額

2 事業用資産の損失額の計産

(1) <省略>

(2) 772,705-525,000-438,972=△191,267

(簿価) (時価) (保験金) (保険差益)

(3) 685,225-438,972=246,253

(所得税法施行令94条により収入となる保険金)

別表一六

<省略>

別表一七 事業用資産の損失計算書

1 損失資産の明細

令凍庫 476,940円

<省略>

ビールサーバー 116,985円

<省略>

クーラー 155,980円

<省略>

テレビ 31,800円

<省略>

合計 681,705円

2 損失填補(火災保険)

<省略>

3 事業用資産の損失額

681,705-351,989=329,716

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